ボルサリーノのフェルト帽を頭にのせ、フランスの名優ジャン・ギャバンを思わせる手つきでタバコをつまむその姿が、○十○才という年齢を感じさせないアニメーション監督・りんたろう。 (生まれは…1941年!) 数々のテレビシリーズや長編アニメ「銀河鉄道999」「幻魔大戦」「メトロポリス」「よなよなペンギン」などで知られ、海外でも世代を超えた多くのファンを持つ監督が今、一人で作品創りに励んでいる。励んでいるというよりは子供のようにオモチャで遊んでいると言った方がいいだろうか。そんなお遊びアニメを不定期かつ最終回のないシリーズとしてお届けしていきたいと思う。
高橋 「アブラカダブラ」というおまじないがタイトルになっていますが、これはどこから来ているのでしょうか?
りんたろう アメリカの著名な作家スーザン・ソンタグが『反解釈』という著書のなかで、「芸術とは呪文であり魔術である。これが芸術の体験のいちばん初めての形にちがいない。」と記していて、この言葉に触発されたんだ。ここで言ういちばん初めての形ってのは洞窟絵画のことを意味してる。原初的な人間たちは自分たちの現実世界を模倣し壁面に描きしるしたわけで、この行為そのものをソンタグは呪文/魔法と捉えたわけ。
高橋 そんな哲学的な意味がタイトルに隠されていたんですね。洞窟の絵画を呪文と捉える、ですか。
りんたろう ラスコーにしてもアルタミラにしても、呪文的にも魔術的にも見える。そこにはきっと恐ろしいくらいの自然への畏怖もあったんだろうと思えるしね。で、原初的な洞窟をコンピュータのキャンバスに見立ててやろうって閃いたわけさ。で、呪文っていうなら思いきって古典的呪文って謂われてるアブラカダブラにしようと決めたのです。「アブラカダブラ」って響きがいい。
高橋 Macの前で一人「アブラカダブラ〜!」って雄叫びをあげている監督の姿が想像できますよ。実に怖いですねぇ。
りんたろう ぶつぶつ呪文となえながらね。失敗すればしたでアブラカダブラ〜!洞窟ならぬ iPadのキャンバスに一本の線を引いてまたアブラカダブラ〜!
高橋 (苦笑)…。原始芸術然り、「一本の線」然り、アニメーションの原点に帰っている感じがしますね。
りんたろう そう理解してくれると嬉しいですよ。
高橋 「線」へのこだわりについては、機会あるごとによく話されていますよね。
りんたろう 僕が線に執着するのは鉛筆一本で表現するアニメーターを経験したからだと思うよ。本当に線一本でキャラクターの存在感が左右されるからね。
高橋 アニメーターだった時代というと、1950年代でしょうか?りんたろう監督とお話しているとつい時間の感覚がおかしくなってしまうのですが、日本最初のカラー長編アニメ「白蛇伝」(1958)、日本最初のテレビアニメシリーズ「鉄腕アトム」(1963〜)でお仕事をされていたと思う度、歴史の長さに頭がクラクラしてしまいます。話を戻しますが、鉛筆で描く線とデジタルの線は監督にとっては同じものですか?
りんたろう 基本的に違うね。微妙な力加減で線に強弱つけたりするのは鉛筆の方が勝ってる。キャラクターのアイデアなんかはちゃんと鉛筆でノートに描く。それも長年使ってきた右手ではなくあえて左手で描く。
高橋 左手で? それまた、なぜ?
りんたろう 商業アニメーションの仕事とは別の自分を発見したいと思ってあえて左手で描こうって決心したわけ。実は生まれた時は左利きだった。でもその時代の世間では左利きは 「左ギッチョ」と呼ばれて、右手を使えるように練習したんだ。右手はね、長年アニメーションで鍛えてきたわけでそれなりの線を意志で描ける。それを止めたいと思ったのであえて左手に挑戦したわけ。で、左手で描いてみると自分が思い描いたイメージより逸脱して面白い。ま、右手はお金とるための線の描き方をしっかり覚えてしまってるってことかな。それを封印しちゃおうってことから始まったのであります!
高橋 あえて不便なことをしたり制約があることで、逆に何かが生まれるってありますよね。で、その左手で描いた絵を、具体的にはどう動かしているんですか?
りんたろう パソコンで制作するのが目的なので、鉛筆で描いたイメージをデジタル・ペンで描くようにしている。鉛筆とは違った面白さを追求しながらね。次にiPadにあるアニメーション・アプリを使って動きを作る。そこで動きが決まったらそのデータをMacのPhotoshopに移して細かい修正したり色付けするわけ。ここで素材として全て準備が出来たらAfter Effectという世界中のプロが使ってるソフトで1コマずつ撮影するわけ。で、このAfter Effectで出来たデータをレンダリングして動きの確認をしながらタイミングを変えたりして毎回チェックする。なにせ全て1人作業なので手数はやたらかかる。コンピュータ作業は右手の方がサクサクいくので、まぁ、宮本武蔵じゃないけど二刀流で〜す!
高橋 (苦笑)…。それにしても、CGアニメを作ったり自分でMacを動かしたりiPadのアプリを駆使したりと、りんたろう監督は常に新しいモノに対してオープンで、またそれを大いに楽しんでいる。聞いているだけでこちらまで元気が出ますね。
りんたろう きっと最初からコンピュータに興味があったんだろうね。独学で往生したこともあるけどね。
高橋 好奇心にグイグイ引っ張られてとにかく創るというのが、今回オマージュを捧げているピカソとミロにも通じるなぁと思いますよ。
りんたろう ピカソとミロは、一本の線をどう引いてるんだろうってところを見極めたいと思って始終画集とにらめっこしてる。特にミロの場合はかなり線描というものにこだわってるからね。ピカソもミロも線一本がエロチック。そこに魅せられる。
高橋 エロチックと言えば、今回の音楽にはちょっとエロスを感じますね。本多俊之さんと言えば伊丹十三作品などの映画音楽でも有名ですが、私も大好きです。りんたろう監督の「メトロポリス」のサントラはよく聞いていますし、テーマ曲はフランスのテレビでも時々耳にするんですよ。
りんたろう はい、これ2人の作業風景!
高橋 わぁ、仲間に入りたくなりますね。本多さん、今回のりんたろう監督とのコラボはいかがでしたか?
本多 りんたろうさんは音楽がとてもお好きな方なので、ご一緒していてとても楽しいです。逆に、手を抜けないということでもあります(笑)。今回目指したのはエッチな感じです(笑)。このエッチというのが結構難しく、下手をするとベタっとした湿気の多いものになりがちですが、りんさんの方向は全くカラっとしているので、「ドライなエッチサウンド」ということで、サックスセクションを多用した今回のような音楽になりました。いつもそうなのですが、ワイワイガヤガヤ喋ってるうちに方向性が決まってきます。
高橋 まさにお2人のコラボですね。ちなみに気になることが一つあるのですが、最後のクレジットで「TREX」とあるのはどういう意味でしょうか?
本多 私が大の恐竜フリークなので、監督が気を使って下さってTrex = ティー・レックス = ティラノサウルス・レックスをミドルネームに入れて下さいました。本編の中にも登場してますよネ、恐竜ティラノサウルス。実は私のサックスには恐竜が彫刻してあるのです。多分世界でも私のだけです。
高橋 色気のある音の正体はこの恐竜だったんですね。納得です。お二人の次回作、楽しみにしております!
フランス語版はこちら