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真っ赤なエッフェル塔に腰かけて

Tour_Eiffel

イラスト:りんたろう

実はパリにはエッフェル塔が二つある・・・。

とは言っても数週間だけの期間限定で、今年竣工125周年を迎えたエッフェル塔の横に、同じく誕生から125年を経たビストロ・チェアを積み上げて作られた小型版エッフェル塔が公開されている。

ビストロ・チェアというのは、カフェやビストロのテラス用に作られたメタル製の折りたたみ式椅子で、現在もあちこちで見かけることができる。元はと言えば、常設のテラス席に課せられる税金を払わずに済ませるための策としてデザインされたそうだ。椅子で出来た赤いエッフェル塔は、全長324メートルのご本家にちなんで324脚で出来ていて、同じ歳の『鉄の女王』二人が仲良く並んでいる。観光客もパリ市民も冷やかし半分に覗きながら、それぞれのポーズをきめて記念写真を撮っている。

エッフェル塔然り、ビストロ・チェア然り、とにかく今年は様々な「○周年記念」が目白押しだ。もちろん楽しい記憶と結びついた記念日だけではない。今年最も重要なものと言えば、第一次世界大戦勃発100周年記念だろう。ヨーロッパ各地では大規模な式典や展示会が開催され、年間を通じて各メディアでも大々的に扱われている。土豪の戦いがいかなるものだったのかという事実や、近代の技術がいかに戦争と共に発達したかという皮肉な歴史を学ぶ機会でもあり、上質のテレビドキュメンタリーや雑誌の特集号からたくさん勉強させてもらっている。また、先日各国の首脳を招いて盛大に式典が行われたノルマンディー上陸作戦記念、続いて8月のパリ解放記念と、第二次世界大戦における重要な年から数えて70周年というのも今年の特徴だ。

個人的なことで言えば、6月24日、フランスに渡りちょうど20年を迎えた。自分の誕生日でさえ忘れそうになるほど記念日には興味がないのに、この日だけは手帳に記していなくても忘れない。泣いていた父の背中を見て見ぬふりをし、片道切符を手に日本を飛び立った20年前のあの日。スタンプがまだ一つも押されていない真新しいパスポート。生まれて初めてくぐる成田空港のゲート。一番安かった飛行機のチケットは今はもうないフランスの航空会社AOLで、到着したのは仏国内線向けのオルリー空港だった。外に出て初めて目に映ったパリの第一印象は「ジャック・タチの映画『トラフィック』に出てくる70年代の車が本当に走っている!」であった。

学歴も職歴も人生経験も持ち合わせず、失うものが一つもなかった状態だったからよほど何でも吸収したのか、あの頃の記憶は肌にしっかりと残っている。初夏のパリの乾燥した風が頬に触れるとそれだけで、20年前に初めて感じた匂いが鮮明によみがえってくる。

だから今年のこの日はちょっと特別な気分だった。中学生の私に「この国に行きたい。この国の言葉を分かりたい。」と思わせたフランス映画の数々を生み出したプロデューサーと昼間仕事をし、夜は20年間フランスの家族として叱咤激励し支えてくれた女性と夕食を共にした。その後帰宅し、娘が外国に行くのならと20年前に初めてファックスを購入した母と、スマートフォンの無料通話アプリで話をした。様々な人、国、文化との出会いと、別れと、そして別れを経たからこそ築き得る関係に、ただただ感謝の一日だった。

ビストロ・チェアを製造しているFERMOB社は、パリの公園で使われている様々な椅子も作っていて、つまりはパリの風景の一部を作っている老舗の会社だ。そう言えば20年前、サンドイッチを頬張りながらリュクサンブール公園の椅子に初めて座った瞬間、冷たい!と飛び上がったのを覚えている。20年経ち、同じ椅子に座ってみる。相変わらず冷たくお尻が痛いと泣く椅子だけれど、それでもなぜか愛着を持ってしまっている。10年後、20年後もこの椅子は存在し続けているだろう。その時私はどんな気持ちで座るのだろうか。

Tour Eiffel chaises