イラスト:りんたろう
フランスには、毎週どこかの街で映画祭が開催されていると言われるほど多くの映画祭が存在する。大規模なものではカンヌ映画祭、その他に短編映画祭、ドキュメンタリー映画祭、アニメーション映画祭、ファンタスティック映画祭、海洋映画祭、モバイルフィルム映画祭…、と様々なジャンルやテーマに特化したフェスティバルが無数にあり、映画文化を支えるだけでなく地方の経済振興にも一役買っている。
アジア映画にフォーカスを当てた映画祭は国内に二つあり、その一つがヨーロッパで最も古くから存在し今年で20周年目を迎えたヴズール国際アジア映画祭(FICA-Festival International des Cinémas d’Asie de Vesoul)だ。ヴズールという街の名をパリジャンに言うと必ず「そんな何もない街に映画祭なんてあるの?」という苦笑いが返ってくる。多くのフランス人にとってヴズールは、シャンソン歌手ジャック・ブレルが歌った辺鄙な街という印象しかない。パリから電車に揺られること3時間半、湿地帯に囲まれたヴズール駅に到着しのどかな市街地を歩いてみると、不安はさらに募る。本当にこの街にアジア映画に興味を持っている人なんているのだろうか…?
ところがいざ会場のシネコンに足を運んでみると、駐車場は日夜満車、チケット売り場は観客でごった返している。ほとんどが地元の人だ。夜の上映は平日でも軒並み満席で、日中は先生に引率された近隣の小・中・高校の生徒も目立つ。上映後の映画監督を迎えてのQ&Aでは質問や感想が積極的に述べられ、映画に対するお客さんの気持ちがビンビンと伝わってくる。地元の観客の実に鋭い意見を耳にし、不安を抱いていた自分が恥ずかしくなるほどだ。
映画祭はアジア大陸を対象としているので、東は日本・韓国・中国、南はベトナム・タイ・フィリピンなどの東南アジア諸国、西はシリアやトルコ、北はカザフスタンやグルジアまで広範囲に渡る。毎年2月、東フランスの小さな街ヴズールに1週間限定のプチ・アジアが出現するのだ。
日本から招待される監督に同行し5回目の参加となるが、私にとってヴズール映画祭はちょっと特別な存在だ。一言で言えば、既成概念をことごとく壊してくれる素敵な映画祭、とでも言おうか。
この映画祭が異色である一番の理由は、主催者が映画業界とは全く無縁の高校の先生夫妻であるという点だ。映画とアジアを愛する夫婦が、自分達が暮らす街でアジア映画祭を開催しようと思い立ったのが20年前。素人に出来るわけがないと相手にされない中、なんとか掻き集めた約100万円の予算で10数本のアジア映画を街の映画館で上映したのが始まりだ。奥さんのマルティーヌさんは今でこそ定年退職されたが、映画祭開催中にディレクター自らが「ちょっと学校に行ってきます。」と言ってふと消えてゆく姿は微笑ましかった。
20年経ち、観客動員数3万人の映画祭に成長した。夫婦はカンヌ映画祭や釜山映画祭に毎年必ず足を運びアジア映画を片っ端から見る。そして心を動かされた映画をセレクションし、各作品の配給会社とのやり取り、スポンサー探し、上映料の交渉、プリントの手配、カタログ作り、イベントの準備、プレスの対応、そしてゲストのおもてなしまで全て自分達の手でこなす。おもてなしに関して言えば、他のどの映画祭にも負けないくらい心のこもった温かさがあちこちに散りばめられている。バカンスの時間も惜しまず、人生全てを映画祭にかけていると言っても過言ではない。
夫婦はいわゆる映画の「プロ」ではない。一般的な映画祭の常識とは違う点もあり戸惑う人もいる。けれどこの二人を見ていると、「プロ」とか「常識」といった言葉はどうでもよくなってしまうのだ。ビジネスやプロ特有のルーチンとは全く別次元のピュアな情熱と、プロでないからこその草の根の努力が20年という月日を紡いだのだろう。
アジア映画への愛に突き動かされ、その愛を地元に根付かせ、そしてさらに広げていく。映画を人に届ける上で最も大切なことを実現しているテルアンヌ夫妻、20歳の誕生日おめでとう!