シャルル・ド・ゴール空港は、パリ近郊の中で私が最も足を運ぶ回数が多い場所ではないだろうか。年に数回パリと東京を往復するために利用するのはもちろんだが、それ以上に仕事上の相手方を送り迎えすることが多い。それぞれがそれぞれの想いを胸にこの地に降り立ち、やがてこの地を飛び立って行く。送り迎えする私もその都度違う想いで臨むので、車窓から見るいつもの風景が不思議と違って見えてくるのが実に面白い。19世紀の街並みを今に残すパリを出発し、サン・ドニという街を通過しながらフランスの玄関口である空港に続く約25キロの道程は、単に移動ルートという事で考えれば何の変哲もない高速道路だが、私にとっては時空を越えたつかの間の旅である。
サン・ドニには様々な時代と文化が混在している。フランスの歴史を生きたまま体現している街と言ってもいい。歴代の王達が眠っているサンドニ大聖堂、68年の五月革命を機に誕生したパリ第8大学、サッカーのワールドカップの会場となったフランス競技場など、各々の歴史を背負った建造物を遠くに眺めながら進んでゆく。高速道路からは見えないけれど、移民が多く住む地区でもあり、アフリカ、アラブの旧フランス植民地の国々を中心に、一見相容れないようにも思える異文化の人々が混じり合いながら共存している。更には、フランス最大級の映画製作スタジオが今年オープンし、独特のビートに合わせて詩を朗読するフランス版ラップとも言える音楽「スラム」が若者たちの間で盛んだ。まさにサン・ドニだけで世界旅行が出来るのだ。
そんなサン・ドニを過ぎて空港に近づく頃、突如見慣れぬ建物が出現するようになった。その名もAEROVILLE(アエロヴィル)。「空中都市」という名を持つ、シネコンや大型スーパーが併設された新設のショッピングセンターだ。一歩中に入れば、どこの国のどこの街にもあるメーカーがひしめいている。ファンタジーの世界とはほど遠い商業施設なのだが、空港周辺の何もない荒野の夜空に浮き上がる様子はSF小説さながらの風景だ。
今月はいつになく頻繁に空港に行く機会があり、この夜景を見るのがちょっとした楽しみになった。空港で送り迎えする相手方は私の場合たいてい通訳をする人たちである。通訳をするという事はつまりその人の口となり耳となる事で、たとえ一時であっても相手方の体の一部になった感覚に陥る。相手の身体の中に入り込んで一心同体と化し、ひとたび終わると自分に戻る。それはまるで、身体の中から何かがふわっと浮いて幽体離脱し、夜空に浮遊する「空中都市」のような場所に身を置くかのような感覚で、相手方の分身となって口と耳だけ自分のものを使う。つまり私にとって通訳とは身体の体験であり表現なのだ。
空港から一人パリに戻る頃、飛行機のライトが遠ざかる夜空の下で「空中都市」は不思議な光を放ち続けていた。12スクリーンを備えた最新型のシネコンのオーナーは、映画スタジオと同じくリュック・ベッソン監督だという。ベッソンの『フィフス・エレメント』の世界に迷い込んだかのように、私は空中飛行を楽しみながら夜のパリに帰って行く。