パリの南、石畳の小さな通りにアンリ・カルティエ=ブレッソン財団は居を構えている。20世紀を代表する写真家カルティエ=ブレッソンの作品を後世に伝えるだけでなく、様々な写真家の展覧会を開催したり、若手の支援もする財団だ。元画家のアトリエをそのまま利用した簡素で小綺麗な建物は、建っているというよりたたずんでいると言った方がいいかもしれない。正面の壁は一面ガラス張りで出来ていて外を一望でき、まるでガラス窓全体がファインダーで建物そのものがカメラとも言える。建物は建っているのでもたたずんでいるのでもない。見ているのだ。
今月から写真家セルヒオ・ラレイン展が始まり、オープニングには各界から大勢の人が集まった。あまり聞き慣れない名前だが、昨年この世を去った南米チリ出身の写真家で、多くのアーチストに影響を残している。アントニオーニの映画『欲望』もラレインの写真がきっかけで作られたと言えば映画好きにはぴんと来るかもしれない。
ロバート・キャパやカルティエ=ブレッソンが立ち上げたグループ、マグナム・フォトに参加し世界各国を飛び回るも、報道写真に限界を感じ早々と脱退。その後、ヨガや瞑想などの東洋哲学に傾倒し、チリに戻って山奥の小さな村で隠遁生活を送りながら、ほとんど人に会うことなく絵や執筆に没頭した謎多き人物だ。
ラレインは、画面を構成だてて美しい写真を撮ろうなどとは考えなかった。撮るべきイメージは宇宙の中に最初から存在していて、写真家はそれを伝える媒体でしかない、つまり、目を見開いていればイメージはおのずとこちらに向かってくると考えていたのだ。ラレインを一躍有名にした写真は、チリの港町バルパライソで撮られた二人の少女の後ろ姿で、シュールレアリスムの絵を思わせるこの作品こそ「写真の方から私に向かって来た」と言わしめた最初の一枚だ。
バルパライソは太平洋に面した急斜面の丘が特徴的な港町で、いくつものカラフルなケーブルカーが住民の足として利用されている。私も一度だけ訪れたことがあるが、ゴトゴトと音を立てながら上り下りするケーブルカーは今にも壊れそうだけれど情緒があり、上からの眺めも素晴らしい。ラレインはその斜面を登ったり降りたりしながら、幾度となく丘を見上げ海を見下ろしたはずだ。それなのにそうしたアングルの写真がほとんどない。写っているのはバーで誘いあう男と女、路地をうろつく犬、どこか悲しげな水兵、子供などばかりだ。
先日、新作準備中のある日本の映画監督と一緒にパリでロケハンを行なった。脚本を書く上で参考になりそうな場所を散策し、風景や物を資料写真として遠景やアップで撮っていった。昔ながらのパリらしい建物、セーヌ川にかかる橋、川岸へと降りる石の階段・・。しばらくして、あちこちで撮り続ける私に監督がこう言った。「視線は目の高さでね。」
ぼそりと優しく言った何気ない一言だった。あくまで資料用の写真だから構図などは凝ってくれるな、という意味で言ったのかもしれない。現実より美しく見せたところで、資料としての意味はないのだ。しかしそれだけではない気がしてずっと頭の中でひっかかっていた。キャメラをほとんど移動させず、アングルは常に目の高さでまっすぐに対象を据える映画を撮る監督はあの時、視線について実はもっと根本的なことを言っていたのかもしれない。
孤高の写真家と監督をふと重ねながら通りに出ると、私を見ていた建物がシャッターをきったような気がした。ラレイン展のタイトルは『Vagabondages/さすらい』。私も放浪したくなってしまった。さて、どこを向いてさすらってみようか。宇宙に存在しているイメージがおのずとこちらに向かって来てくれるまで心をさすらわせることは出来るだろうか。